ホーム > 家具屋のつぶやき > 『創造無限』カンディハウス 長原實氏
2016年01月09日
家具のフクタケのつぶやき明けましておめでとうございます。
本年も家具の福岳をご愛顧頂けますように精進していきます。
家具や家具業界に関する情報を様々な角度から分析して情報発信していきますので
この『家具屋のつぶやき』のブログもご愛読いただけると幸いです。
新年のごあいさつさせて頂く時、どうしても昨年亡くなられた
カンディハウス 創業者 長原實氏のこと書かずにはいられません。
残された多大な功績と共に家具業界に関わる一人として振り返り
新しい年をスタートするには必要だと考えたからです。
『創造無限』
「誰もやっていないものを創り出すこと、
世界に向けて道を切り拓いていく「クリエイティブなチャレンジ精神」は無限の可能性を生み出していくということです。
それと「日本人はものづくりを忘れてはいけない」ということです。
「ものづくりではなくITの時代だ」とか「マネービジネスだ」とか言われてきました。
でも、私はずっと何も変わらないのですよ。
「やっぱり日本人はものづくりを忘れてはいけない。ひたすら“ものづくり”に魂を込めている限りは世界中で生きていけるのだ」という考えです。」
OKUNO JOURNAL カンディハウス 創業者 故 長原實氏のインタビュー記事から引用
家具職人、起業家、デザイナー、教育者、思想家5つの顔をもち
旭川だけでなく家具業界に与えた影響は計り知れません。
カンディハウスの経営者としてだけでなく、自身もデザイナーとしても活躍。
職人は“見て盗む”のが当たり前。
競合他社のヒット商品をコピーして家具を製造するの普通に行われているこの日本で
全ての家具に対してデザイナーを起用して商品を企画オリジナリティにあふれた家具を数多く産み出してきました。
長原氏が残された最後の言葉『創造無限』、ものづくりに対する真摯な想いが感じられます。
「椅子は人が座るという機能は決まっている、そこから差別化するにはデザインしかない。」
この言葉はカンディハウス 会長 渡辺直行氏からお聞きしたお話ですが
カンディハウスと言う旭川の家具メーカーが創業以来デザインを重視し家具を作り続けてきた結果、
近年では中小の家具メーカーでも家具をデザイナーを起用し家具をデザインするようになってきました。
たまたまアマゾンで見つけた旭川の家具メーカー カンディハウスの創業者 長原實氏を描いた本。
中古を買ったら偶然にも長原氏のサイン入り!運命を感じました!
初めて知ったエピソードもあり、感慨深いものがあります。
創業時、家具メーカーは今のように小売店に商品を直接卸すことは出来ず、
問屋経由でしか家具を販売することは出来ませんでした。
また長原氏のお客様の声を聞きたいという想いからメーカーショールームを作り
家具のメーカー直販を始めたのもカンディハウスがはじめてだった聞いています。
販売店の反感をかったとも聞いています。
今ではどの家具メーカーはおこなっていることですしね。
創業時旭川では婚礼ダンスの製造が中心でした
カンディハウスの椅子を中心とした商品構成は異例でした。
そのおかげで婚礼ダンスが売れなくなり旭川だけでなく全国の家具メーカーで倒産が続き、
バブル崩壊という荒波も乗り越え会社を存続させてきました。
常に先進的で古い家具業界の中では異端児であったのでしょう。
昨年の旭川デザインウィークで感じたあの熱気。
旭川から家具業界が変わると実感させられました。
貴殿が創業時から考えられてきたアメリカやヨーロッパそしてアジアへの家具の輸出されるようになりました。
今年もミラノサローネに次ぐ世界最大級の「ケルン国際家具見本市」に出展。
東京ビックサイトの5倍くらいの規模の会場で一流メーカーしか展示が許されない
Hall 11-3の3F 最上階に出店した唯一の家具メーカーです
私も2014年に名だたる一流の家具メーカーの中にカンディハウスと言う日本の家具メーカーが出展した事実を
その場で見る事が出来た感動は今でもはっきりと覚えています。
貴殿の想いは受け継がれ家具の本場ヨーロッパでも認められるようになってきました。
カンディハウスを創業される前にヨーロッパで見た、
安く輸出されていた旭川のミズナラが良質な材料として使われ、
作られた家具が高級家具として日本に輸入されていた事実と、
ヨーロッパの家具メーカーで「日本人はすぐに真似をするから働かせない」
と言われた経験から、いつか旭川の材料で作った家具をヨーロッパへ輸出したいという夢も実現されましたね。
今回ケルンの展示会に出展する深澤直人氏デザインのKAMUYで使われる木材は北海道産のミズナラを使用しています。
深澤直人氏のトークショーもあり、その場で見たい!と言うのが正直な想いですが。。
ようやく時代が長原氏に追いついて来たのでしょう。
そんな中10月8日(木)肺がんのため逝去、享年80歳。
亡くなられる直前まで旭川を「ものづくり王国」にという想いを託されたそうです。
「旭川市立 北海道ものづくり大学」
「織田コレクション」
「IFDA 国際家具デザインフェア旭川」
「ひとづくり一本木基金」
長原氏が取り組まれた事業を有機的に運用し、
20~30年かけて旭川をものづくり大王国に育ててほしいと託されたそうです。
最後まで旭川、家具業界全体を考えられていた生き方に感銘を受けています。
長原氏とは私はたった4回だけ展示会の時に挨拶をさせて頂いただけですが、
多くの影響をを受け、目標と言うにはあまりにも大きすぎる存在でした。
あらためてご冥福をお祈りします。
ゆっくりとお休みください。
そして田舎の家具屋の経営者として家具業界の発展の為にどうかかわっていくかが
私への課題ではないかと考えています。
長文を読了頂きまことにありがとうございました。
福岳産業株式会社
小川直樹